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心とシステム
世津笑雲
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記憶呼び出しの仕組み
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田倉さんの二度目の同棲も同じ人と「インデックス」
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記憶の呼び出しはどのように行われているのか。
それは、コンピュータでデータペースを検索する方法に良く似てはいないか。
とすると、インデックスが壊れただけで
データの呼び出しができなくなることもあり得る。
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「わたしも記憶喪失でして、3年分、ないんですよ」
 と田倉さんが話し始めたので座敷のみんなは驚いてしまいました。田倉さんはその時分に進行中であったシステム開発ブロジェクトに、社外から参加の小さいソフト開発会社の社長さんです。物静かで面倒見のよい好感のもてる人です。
 みんなが固唾を飲んで続きを待っていると田倉さんはおしぼりで額を拭きながら
「あれは、大学三年の時でした」
とやっと話し始めました。
「あの日はコンパで夜遅くまで飲んでいてひどく酔っぱらってしまいました。1人で落合の下宿に向かって、フラフラ歩いている時だったように記憶しています。
信号近くのコンクリ−トの電柱に頭をまともにぶつけて倒れて、ええ、ガーンと。
で、しばらくして起き上がったときには足元がフラフラ、頭は割れるように痛かったのだけは覚えています。
意識はもうろうとしていて、なんとなく見たような信号を渡って下宿に帰りました。
ほとんど足が勝手に歩いて帰った感じです」
「帰巣本能ですかね」
 と、だれかがささやくように、ひとこと言ったきり。
 田倉さんは、またおしぼりで額の汗を拭って、なんか今度は、笑いをこらえるように、
「いや、それで、下宿に帰ると、知らない女が寝てるんですよ」
 ここで、みんな「ほ−」とか「はら−」
とか言いながら、思わず膝をのりだしました。
「最初に部屋を間違ったかなと思ったのですが、知らない女は、私のことをよく知ってる様子で、いろいろしゃべりかけてきます。
 私はその若い女性を全然知らないのですが、よく見れば、なかなか、かわいい人だし、まあ言ってみれば一目で好きになってしまい、ややこしいことは後にして,その日はすぐに眠ってしまいました」
 この辺がいかにもこだわらない田倉さんらしい!
 「次の日になっても私の部屋にいる女性のことも思い出せません。昨日のことも、おとといのことも、それ以前のことも、自分が何なのかも思い出せないんです。
頭は割れるように痛くて。高校生くらいから前のことは普通に思い出せるのです。
 その女性も私の異常に気が付いていろいろ言ってくれるのですか、一向にラチがあきません。そのうちに私はこの女性がますます好きになりまして、過去のことは思い出せなくてもこの女性と−催に暮らせるのならいいかな、なんて思いまして。大学へ行くまで1週間くらいプラブラしてましたかね」
 「・・…それで?」
 「それで、結局その女性と結婚して、今の女房ですけど、実は、その時までに2年間も同棲していたんですねぇ」
 「じゃあ、まったく同じ、同一人物に二度も恋をしたというわけですか」
 「そういうことなんですよねぇ」
 なんて、田倉さんは照れくさそうにおしぼりで額を拭いている。
 彼女が、押し入れから出してくれたアルバムを見ると、確かに田倉さんと彼女の2人が北陸とか金沢とか、いろいろ旅行しているのが写っていたそうです。
 しかし田倉さんは、18年たった今も、未だにその3年間のことは思い出せないということでした。田倉さんのかかった病院の先生の話では記憶喪失後20年後くらいに、突然全部の記憶を一度に思い出すこともある、とのことです。
 田倉さんは、自身の記憶喪失の体験について
「なんかこう、インデックスか壊れたという感じですかね」
 と他人事のように、ぼそっと言ったのでみんなも「なるほど」と思いました。
 みなさんも御存知のようにインデックスが壊れると本体のデータが正常でも呼び出しはできません。しかし、直った瞬間に、一気に本体のデ−タにリンクされるので3年分まとめて、ある日突然思い出すのを説明できます。
「奥さんは、田倉さんから二度口説かれたわけですね。なんか変な気分でしょうね」と男性のS君。
「あら、絶対いい気分よ」
と出席者の中で唯一女性のMさん。
 何度口説かれてもいいと言う、女ごころとは−さもありなんと−残りの男性は「は−」と思ったのでありました。

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一口用語解説
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 インデックス
データ検索を容易にするために付け
られた索引のこと。最近のデータべ
−スでは複数の索引が付けられる。
検索は早くなるが−登録は逆に遅く
なる欠点がある。
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